200ヤード

この猛暑に昼はやむをえぬ用事が無い限りは殆ど出かけず、もっぱら夕方のウォーキングで体力の保持に努めている。ゴルフは七月の末頃、ラウンドしたものの、猛暑になり始めと湿気で疲労困憊、間2ホールをスルーすることなどもあり、以来自粛をして来た。

そんな話をあるお嬢さんとしていると、彼女「私この間、猛暑のラウンドで200ヤード飛びましたよ」と話し出す。「ほんまかいな」と言いつつも、もともと運動センスの良いのは知っていたので、ホントかもしれぬなと思ったのだった。そのあとも、何故200ヤード飛んだかを、肩、腰、膝の動かし方で細かに解説、私にスタンス、スイングをさせて、欠点を矯正してくれたのであった。ゴルフ歴50年近くの私は、ゴルフ歴1.2年の彼女に、本物のプロのレッスンの時よりも素直になって、「ハイ!ハイ!なるほど!」と返事よろしく指導を受けたのである(^^;)

因みに彼女、渋野日向子似と皆から言われているとか。笑顔とぶすっとした顔とどっちの渋野だ、などの無粋なことは言わず、「言われてみれば、そうかもなぁ~」と答えてはいる。

まだまだ残暑は続きそうだが、今年も酷夏を何とか乗り越えられそう。今年で後期高齢者になるが、これからも無理の無い範囲で身体を動かし続けたいものだ。ただ秋涼には再開するゴルフ、200ヤードはもう無理か(;_;)

マダムセクレタリー

「マダムセクレタリー」という米国のテレビドラマをご存知だろうか。ケーブルテレビ、CS放送で見ることが出来る。マダムセクレタリーとは米国連邦政府、州政府の省の責任者が女性の場合、敬意を込めてこう呼ぶらしい。物語のマダムセクレタリーは国務省長官を差す。物語はCIAの女性分析官だった主人公が、時の大統領に国務長官に抜擢指名された事から始まる。話の内容は現実のギリシャ経済危機、イラン問題、中南米の政情不安等などを土台に、マダムセクレタリーが正義と、良心をもって果敢に問題の解決に挑み続ける政治ドラマ。又、主婦であり、3人の子の母親でもある彼女は家庭内の問題にも悩みながらご主人と乗り越えてゆくヒューマンドラマでもある。

アクションや推理などはないが、物語の重厚さ、主人公の温かい人間性から、目下、最も楽しみとしているドラマなのだ。ただ、このようなドラマを日本で作るのは難しい様だ。政治情勢と直結するドラマには政府に忖度せざるを得ないのかも知れない。

昨日から今日に掛けて、二世政治家と司会者の結婚がテレビを独占している。お目出度いことだが、ただ安易に表面だけの事象を垂れ流すテレビ局の姿勢にも一考を要するのではないかと思わないでもない。

 

 

昭和の俳壇

(写真右より)

除夜零時過ぎてこころの華やぐも   山口 誓子

雪はげし書き遺すこと何ぞ多き    橋本多佳子

風の中多佳子来さうな罌粟畑     橋本美代子

雪の日の浴身一指一趾愛し      橋本多佳子

からたちの花へほそみち金魚賣    後藤 夜半

残りひなのおみなたほれておはしける 杉田 久女

眼中の蓮のゆれつつ夜帰る      西東 三鬼

厨子の前望のひかりの来てゐたり   水原秋桜子

秋風や夢の如くに棗の實       石田 波郷

絢爛と柳絮がとべり多佳子の忌    相原智恵子

さる閨秀俳人のお宅で写真の額を見る。いずれも昭和の俳壇に存在感を示した巨人達。額の前で腕を組み思わず「う~む」を声を発す。(一部の句は墨筆の判読に迷ったところもあり。間違っていたらご容赦)

志くれてい

さる方より「志くれてい」と言う小冊子を戴く。発行所は公益財団法人冷泉家時雨亭文庫。「時雨亭」を「志くれてい」とは大和言葉から来ているのか。写真に定家の「明月記」(国宝)があるごとく、平安期から連綿と続いてきた和歌の名家冷泉家が発行しているのだ。

冊子は冷泉家所蔵の文書の研究紹介、もろもろの案内が占めるが、1頁強を使って歌壇というのがあった。冷泉貴美子撰(選にあらず)で50首弱を掲載。私が特に目に止まったのはタイトルが「冷泉流歌壇」となっていることだ。今の短歌界で流派を名乗っているところは他にもあるかも知れぬが、私は始めて見た。敢えて「冷泉流」と名乗ることで定家以降続いている和歌の家という誇りが感じられて違和感は覚えず。

さて冷泉流は「和歌」と表しているとのこと。本来57577で表す歌は「短歌」と呼ぶのが一般的だ。冊子を下さった方もこの違いに興味を持ち、冷泉貴美子さんに問うたと言う。貴美子さんは「私共のは和歌で、あちらは短歌、和歌とは違うのです。」と軽く一蹴されたとのことであった。子規は和歌を鋭く攻撃し,近代短歌を提唱し、現今の短歌の確立があるのだが、それにもめげず、連綿と守り続けて来たその姿勢には敬意と尊敬に値するものと思っている。

悪魔の囁き

令和の御代の初ゴルフ。OBは6発で、内、最終ホールに4連発を打ち、まあ年甲斐も無く元気な令和初ゴルフとなる^^;只収穫は、某所から購入したあるゴルフ球。明らかに飛距離が今までのボールとは違っていた。飛距離の低下に悩んでいた私に光明をもたらしてくれそうなのだ。ただこのボール、非公認なのである。つまり、きちんとしたゲームで使用をしてはいけないルール違反のボールなのだ。もう月例競技などにはでていないので問題は無いものの、気になるのはプライベートのゴルフコンペ。ゴルフは違反行為に気付いたら自らが申告をするのが最低限のマナーだが、今、私の耳元で「黙ってれば分からん」と囁く悪魔の声が耳をついて離れないのである(>_<)

多佳子の世界

 

その店は和紙、色紙、書道関係に加えて額装なども扱っている。私がそこの社長さんと係の人に2枚の短冊を出すと、「これは凄い!」「これは上等!」と驚きの声を同時に二人から発せられたのだ。彼らは短冊の俳句、揮毫者に驚いたのではない。いろいろな紙を取り扱っているところから、短冊そのものにびっくりしたのだった。それは漉きあげた雁皮紙に何度も色を乗せ染め上げ、金粉は時代が経ても褪せず変色が無く、職人が丁寧に丁寧に作り上げたものだと言うのだ。今では希少価値で、先ず作ることは不可能、値段は付けようがないとの事だった。

そこに橋本多佳子の揮毫がなされていたのである。句は〈いなびかり北よりすればバ北を見 多佳子〉〈春夜どの岬ぞ吾をよぶ燈台は 多佳子〉。いなびかりの下五が「北を見る」ではなく「北を見」となっている理由は不明。敢えてそうしたのか、バランスが悪くなると思ったのかどちらかだろう。(その後、よくよく見てみると、「見」の最後が下に撥ねており、「る」と続けたが時代を経て墨が薄れて見えなくなったようだ。多佳子が「る」を書き漏らしたのではないことが判明)

 

額装前と後の2枚の写真を載せる。貴重品の短冊と、そこに記された多佳子俳句の世界を味わっていただけたら幸いである。(額は事前に予約したそこそこのものだったが、店の社長曰く「この短冊には見劣りがします」とはっきり言われてしまっている(;_;))

豊崎神社

  写真は大阪の豊崎神社。境内の桜は五分咲きだったが、敢えてこの構図を掲載する。手前が本殿で奥の建物は参集殿という。もう4.50年前、今は鉄骨作りだが当時は木造だったと思うこの建物で結社の句会が行われ、私は皆勤に近く参加していたものだった。私の俳句の基礎はこの参集殿で出来上がったと言って過言ではない。戸口に暫し佇んで往事に思いを馳せていたのである。
 さて、私が何故この神社に来たかというと、ノスタルジーに駆られてと言うわけではなく、近くでのある女人との待ち合わせの時間が2時間ズレていたためだった。完全に私の勘違いで持て余しの時間の消化の為に訪れたのである。昔だったら、こんな馬鹿な勘違いは絶対にしないものをとその女人にくどくど話したが、女人、疑わしそうな目をしながら、次回も敢えて今日と同じ時間の待ち合わせを設定した。私の脳の老化がどの程度かを見極めようとしているのが感じられたのである(^^)/ 
(尚、その女人、年若いお嬢さんではあるが、想像を逞しくするような間柄ではもちろん無い事を付け加えて置きたい(^_-)。)