国際刑事裁判所

オランダのハーグに国際刑事裁判所というのがある。その目的は「国際関心事である重大な犯罪について責任ある個人を訴追・処罰する。」というもの。個人の刑事責任に限られて「集団殺害犯罪」、「人道に対する犯罪」、「戦争犯罪」、そして、「侵略犯罪」が該当。犯罪者の権力が強すぎるなどの理由でその国では捕まえることが出来ない時に、この裁判所から独立した検察局が捜査、逮捕をして国際刑事裁判所に起訴するシステムになっている。どれだけ実効性があるかは疑問だが、政治家、国家元首あたりも捕らえられているようだ。

何故こんな紹介をしたかというと、本日、世紀の首脳会談とかで脚光を浴びているふたりの内の若い東洋人は、国内で国民を貧困、飢餓に貶め、側近を疑心暗鬼から殺し続けた。一部の報道では、叔父を数十匹の犬に食い殺させたという。そして、親父の日本人誘拐犯罪を隠蔽し続けている。この絶対権力者で野蛮な男をこの国で捕まえることは到底無理なのはご承知の通り。従って国際刑事裁判所に委ねて当然の男なのだと私は思っている。但し、国際刑事裁判所の最高刑は終身刑で、死刑は、残念というか、人道的というか無い。

今日のテレビである有識者はこの男を「勇敢な男」と褒めていた。ふたりを会わせた隣の大統領を彼こそノーベル平和賞にふさわしい、と言っていたコメンターもいた。その識見にはただただ頭が下がるが、「人殺しは所詮、人殺しやないか」と冷めた目でテレビを見続けてもいたのである。

(写真はオランダ・ハーグにある国際刑事裁判所。東洋人の顔写真を載せようと思ったが、この国の国家保衛部の諜報、謀略活動は物凄く、「首領様を批判した」と豚に食い殺されるかも知れないので掲載を控える。又、転載、シェアは首領様の目に止まる危険もあり。かたがたおやめください(>_<))

藍ちゃん見つけて

高校のクラブ(もう何のクラブか忘れた(^^))のOB会ゴルフコンペに参加。会場はサントリーレディスオープンが実施される六甲国際ゴルフ倶楽部。支配人が高校の後輩ということもあり、去年に続いてここで実施。このゴルフ場は前述の如くプロのトーナメントが実施されるいわゆるチャンピオンコース。球がどこに飛ぶか分からぬ私には、のびのびとプレーが出来て好きなコースなのだ。去年のスコアは90、私にしたら満足のゆくものだったが、今回は99だった。1年という加齢がプラス9に現れているとも言えるのだが、一緒のメンバーは幹事さんの好意で同世代の者ばかり、それも常にラウンドをしている仲間なので、後輩に恥ずかしくないプレイをとか言った緊張感はさらさら無く、気楽すぎる18ホールだったのだった。こう言う事情もプラス9に現れているのでは、とも手前勝手な推測もしている(^_-)

さて、この日は最近白内障かで目が眩しいことから、眼鏡にサングラスを嵌めてプレイをした。だが、いつの間にかそのサングラスが外れて紛失してしまったのである。割と高価なものだったのでゴルフ場には紛失届を出す。このゴルフ場、来月開催のサントリーレディスオープンのポスターが至る所に貼られてあり、今年からは宮里藍ちゃんの名前を冠に付けるとの事。当日は藍ちゃんが来られるはずで、もし藍ちゃんがサングラス見つけて届けていただいたら、私はお礼として三つ星の最高級レストランにご招待させて頂くことを厭わないのだがと、妄想を広げ、サングラス紛失の失態を立て直そうとしているところなのである(^^)

クルージング

たまたまクルージングのチケットが手に入ったので家内と乗船することに。船中泊の大層なものではなく二時間程度のナイトクルージング。折角なので桟橋近くのホテルに泊まることにした。ホテルにチェックインのとき、いきなり宿泊代を請求される。普通はチェックアウトの時に払うもんだろうと思ったが、「※※※※商法の名残かな(そのホテルは倒産したスーパーが実質建てたもの)」と皮肉を言いつつ支払う。室内にてホテル案内をみると「お帰りにはお支払いを」と記してあった。但し、例外はあるとのこと。どうも私共夫婦は例外に属していたらしい。但し客室、眺望、食事(朝)などは充分に満足のゆくものであった。

さて、クルージングは乗船するやすぐディナーが始まる。洋風懐石だった。料亭などではその日の料理のお品書きが置かれてあるが、ここも各テーブルに置かれてあった。次々と運ばれてくる料理、その中に鯛(たい)の切り身の蒸し焼きが出て来た。と、家内が「あれ、お品書きには鱈(たら)となってる!」。ここで私はおもむろに給仕関係の人を呼ぶ。「決してイチャモンを付けるんじゃないんよ。ここには外国のお客さん(中国)が多いが、彼らに、日本では魚の「たい」を漢字では「鱈」と書くのかと間違った事を植え付けたらいかんのじゃない」と静かに話す。その後は責任者と覚しき人が来て、縷々どうでもいい釈明、説明。次には別の人が小声で「もしよろしかったら操舵室にご案内します」。もちろん夫婦は喜んで操舵室に連れて行って貰い、いろいろと説明を受けたのだった。これが誤字発見のお詫びであるのか、多分まとめてチケットを購入したであろうところへの配慮であったのかは不明のままである。

兎に角、なかなか意義深い小旅行だったのだった(^^)

(写真は海の底のタイムカプセルを繋ぐ大鎖と止石(名称不知)桟橋近くの公園にあった)

三十六歌仙のふたり

年に一度の友との会食。店もずっと変わらず苦楽園のはた田。部屋に二幅の掛軸あり。いずれも和歌と作者が描かれてある。確か去年は三十六歌仙の中の六人の和歌と姿絵の横長の一幅だった。今年は趣を替えたこの二幅、その場ですらりと読み下せば男が上がるのだが、力不足で判読ができず。写真に撮って家で家内の協力とインターネットの力を借りつつ解読する。

ときはなる松のみどりも春くれば今ひとしほのいろまさりけり 源宗于
(みなもとのむねゆき)

あひみてののちの心にくらぶればむかしは物をおもはざりけり 権中納言敦忠(藤原敦忠・ふじわらあつただ)

この二首と作者名と思われる。別に和歌の講釈を垂れる気はさらさらないので、歌の意味や歌人についてはお調べあれ。

いつ来ても料理も酒も美味い店だが、美人の女将の姿を、たまたま用事があったのだろう、見ることが出来なかったのは誠に残念至極(;_;)

ライバルは小百合

「俺、25㎏のバーベル持ち上げられると思う?」とフィットネスジムのトレーナーに聞く。「いけると思いますよ、やってみます?」。ということでバーベルが並んでいる場所に。以前も記したが、そのトレーナーさんは女性で私の個人レッスンをしてくれている方、私の年齢、体調に合わせ、機械は殆ど使わず、体操、ヨガ的運動をメインに続けてくれていた。私はこれまで並んでいる機械のあれこれを使いたい等とは言ったことがなく、指導に従うのみだったので、彼女は当初、キョトンとした表情を浮かべたが、すぐ、機械を取り付けくれる。最初はベンチプレス(仰向けになって持ち上げる)。バーベルは付けずシャフト(棒)だけで10回、できたものの最後の方は少し苦しむ。「シャフトだけで20㎏あります」と彼女。次のバーベルスクワット(バーベルを肩に掛けて中腰から持ち上げる)も20㎏だったが、これは差して重くは感じず、10×2を消化した。

さて、なんで私はバーベルを持ち上げたかったか。数日前のテレビで吉永小百合がマツコデラックスの番組に出たとき、吉永は体力強化のため25㎏のバーベルを持ち上げていると言っていた。吉永は私と確か同年齢だった筈で、これには強く反応をしたのだった。トレーナーに話すと、「だったら、もう少し重くしてみます、大丈夫ですよ」と励ましてくれたが、本来のレッスンを希望して、吉永小百合の負荷より少し軽くで終えたのである。その後はレッスンを受けつつ、「何十年前は、ベンチプレスを何㎏上げられた」とか「昔のゴルフの飛距離は」などと、どうでもいい昔話をしだして、彼女に適当にあしらわれていたのだった。

そういう次第で、これからは、吉永小百合をライバルとしてフィットネスジムでの体力強化に努めて行こうと定めたのである(^_-)

他山の石

運転をして自宅の数メートル近くまで来たとき、ご老人が狭い径の真ん中付近を歩いてくる。私は車を止め窓を開け「どうぞ」と声をかけて先に横を通って貰うようにする。とそのご老人「ここは進入禁止だよ」と言い出す。確かに家の前の道路は進入禁止の道、原則としては、警察に通行許可証を貰わなければならない道だ。私は「はい、分かってます。家はそこなんです」と指差すも、やれ「許可証がいる」、前ガラスに身を乗り出して「無いじゃないか」としつこい。私「あなたはどう言う関係の方ですか」と問うと少し言いよどんで「いやただの通行人」と言い、許可証を見せろとまで言い出した。許可証は持っているのだが、一般人に見せる筋合いはないと判断し、「はい、持ってますよ」とだけ言って発信をしたのだった。こちらに落ち度はないので,毅然とした態度も取れたのだが、顔は初めてでも、ご近所か、町内の方かもしれず、トラブルは避けたいと言う思いが走り、中途半端に事は終わったのである。

ご老人は、私より歳を取っていると思えたが、もしかしたら近いのかも知れない。対応振りから、かつて警察関係に在職していたのかもとも推察した。

人は歳を取ると、脳が柔軟さを失い、頑固になるらしい。そのご老人がそうとは言わぬが、普通だったら「家がそこ」と指を差した時点で話は終わっていたのではあるまいか。そのご老人は、性癖やそれまでの生き方、偏狭な正義感などと老いが重なっての行動と思われた。

他山の石しているところなのである。

ある弔意

昨年末、ある野球関係者の忘年会に出た(何故野球経験の無いお前が野球人の集うそんな会に出られるんだ。の声が出るのはさておき(^^))。当然、話題は野球が中心。そんな野球の専門的な話に私が分け入って、同齢の友に「あんたの野球人生で一番凄いと思った奴は誰だ」と尋ねてみた。高校・大学・社会人とずば抜けた打撃で常にチームの主力選手だった彼は、暫く無言。周囲も彼のアマチュア球界での実績を知っているだけに、誰を言うか興味があったのだろう、静まりかえった。そんな中、彼はおもむろに「高田」と声を発したのである。友は明大野球部出身、同じ明治で一つ年下の高田繁(浪商、明治、巨人)の名をあげたのだった。今までこの会合でプロ野球選手で一番名前の出たのは、同じ明治の後輩星野仙一だった。従って私はなんとなく星野を予測していた。高田の名前がでたのは野球素人の私には意外に思われたが、他の野球人たちは「なるほど」と納得の表情を浮かべたのである。高田と言ったのは、「彼の知る範囲の野球選手の中で」という注釈が付くのは無論だが、総合評価としては星野より高田だったという事なのだろう。その後、ふたりの話で一際座は盛り上がったがその中味は書かない(^^)。

それから一カ月経たない1月4日に星野仙一が亡くなったことを知ったとき、忘年会でのその話題がふっと思い出されたのだった。あの時、彼が星野ではなく、高田を挙げたたのは野球の能力、センスだけでなく人間性など、もろもろを冷静に見てのことだったと思う。もし、星野がこの話を知ったら果たして不快と感じただろうか、否、自分の不徳を知り、彼に感謝をするのではなかろうかと私には思える。そんな度量を持った男であったのではと信じたい。

彼らの学生の頃の野球部といったら鉄拳制裁は日常茶飯事だった。星野は当時からいろいろ武勇伝を持つ男だったが、年長であった彼は教育的指導で星野を殴ったこともあったようだ。だが殴られても殴られても顔を突き出して来たという。卒業後は会う機会も無かったが、後年、ふたりの共通の知人には、彼の鉄拳制裁を懐かしく語っていたとか。また彼の親が身罷ったとき、弔電を送って来ていたように記憶している。

我が友は、殴った拳に星野の感触を懐かしく甦らせていることだろう。それは又何よりの弔意でもあるのだと思う。

小晦日

小晦日の昨日、書類が細かな字だっため眼鏡を外し膝の上に置いたのだが、膝の動かし方がおかしかったのか眼鏡のツルが外れてしまった。早速眼鏡屋に走るも、「これは折れています。職人に出さないとこちらでは」とのこと。仕方なくお願いして、ゴルフ用の眼鏡で正月を過ごすことになったのだった。

その夕方、今日は未だ歩いていないことに気づきウォーキングに出かける。いつもは信号がなく、人もいない河川敷を歩くのだが、日暮れでもあり、常とは違って明るそうなところを行くことにした。それでも公園の中などは暗い。と、突然、「なんやねん!」と男が大声を出し私の近くに現れる。私は立ち止まり黙って相手を見た。最初は強盗の類い、或いは精神を病んでいる人かと身構えたが、よく見るとべろんべろんに酔っ払った若い男だった。私が話しかけようとすると、女性三人ぐらいが追いかけてきて、「スイマセン、酔っ払っているんです」とその男を引っ張って行ったのだった。間近で大声を出されたとき、驚きはしたが、特に足が竦んだということもなかった。冷静だったという言い方も出来ようが、歳のせいで反応が鈍くなって来ているということも言えそうだ。

と言う次第で、平成29年も平穏無事に年を越せそうな感じなのである(^^)

(写真は当分掛けざる得ない眼鏡。これは新聞などは読めない)

フルチン

先月末に腰痛となり、今までだったら日にち薬で治っていたのが、今回は痛みが引かずとうとう整形外科に。しかし貼薬と痛み止めを飲むも改善せず。それどころか、歩いていると臀部に痛みが走り出し歩行も困難となる。必死の思いで整形外科に飛び込み、腰に注射を打ってもらいほぼ痛みは無くなったのであった。今は日常生活に不自由さは感じないのだが、腰が重いのと、何かの拍子に軽い痛みが出ている。再発への恐怖もあり、おとなしくする日々が続いたのだが、でも矢張り動かねばと、ウォーキングを再開し、ジムの個人レッスンはまだ怖いので、腰に負担が少ない水泳をやり始めたのだった。

さてこの腰痛の原因だが、泌尿器科で腰痛を話すと、医師は即座に「そらゴルフが原因、歳をとると腰を使わないスイングをしなければダメ。クラブも良くなっているからインパクトをしっかりするだけでボールは飛びます。スイングを変えなさい」と泌尿科とはまず関わりないご指導を賜る(^^)私も遠因はゴルフだろうなと思うところもあり「ご指導感謝」と深く頭を下げたのだった。

そんな次第で休んでいたフィットネスジムの水泳に通い出すことになる。ロッカーで着替えていると、もうひとりの方が着替え中。その方は著名な建築家のA.Tさんだった。挨拶ぐらいさせて頂いているので、

「先生、最近はとみにお忙しそうですね」と話しかける。

「いや~、展覧会とマスコミの取材でたいへんなんです」

「東京に行く機会ができたら是非見に行きたいと思っています。お身体、ご無理はなさいませんように」

「はい、あなたはここにいつ入られたの」

最初はおっしゃっている意味が分からなかったが「何年か前ですが、熱心な会員とは言えません」と返事。

「そうこれからはいらっしゃい」

そうか、私の顔を覚えてはいらっしゃらなかったかもな、と推測する。

と言う一齣があり、気づけばふたりとも真っ裸のフルチンでの会話であったのだった(^_^)/~

写真はインターネットサイトより借用させていただきました。申し訳ございません。

MRI

某医療研究機関にてMRIを受ける。私の体がMRI検査を必要としたわけではなく、「心血管イベント一次予防戦略に用いるMRIによる非侵襲的冠動脈ハイリスクプラーク診断法の臨床的有効性の検証」の研究協力者としてこの画像診断を受けたのだ。さてこれは何の研究か、医療従事者以外でタイトルを見て分かる人は少ないだろう(と言うよりも、もっと平易な言葉で表現する必要があるのでは)。説明を受けた私も実のところよくは分かっていないのだが、要は血管内の瘤などの血の流れを妨げる異常箇所がこのMRIで白く光って見えるらしい。これまではカテーテルなどの身体への負担が伴う検査だったが、この検査ではそれは解消される由。心臓血管の治療に画期的なもののようなのである。そのデータを他の医療機関と連携して集めているとの事だった

二ヶ月ほど前、縷々説明を受け協力を求められた。では何故私が選ばれたのか。担当者が言うには、

心筋梗塞などの病気の発症がない。

不整脈がある。

糖尿病の治療をしている。

検査対象年齢である。

等(他にもあったかも)を上げていたのである。

好奇心旺盛な私は即座に諾のサインをしたのだった。

過去にMRIの経験はあったがそれは頭部のみで、全身は初めて。若干閉所恐怖症気味だけに、少し不安はあったものの、まあ、賑やかな音の連続で差して苦痛も無く終了。

担当医が待合のソファで検査結果の説明。「薄く白いところはところどころありましたが、問題ありません。血管の治療は必要なしです」。私は画像を見ながらの説明があるものと思っていたが、待合のソファでほんの一分程度で済んだのだった。治療でなく研究のためなのでこんなものか、と納得せざるを得なかったのである。

この医療研究機関には2年に一度健診に出向くのだが、その度に何かの研究への協力を求められてきた。その殆どは断った事が無いので、この身体も医学の発展に多少なりとも寄与しているのか、と大きなお腹を叩いてもいるのである。

(写真のMRIは動物医療施設から拝借。無断借用をお詫びします)